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interview

人の繋がりで成長した会社だから、社内でも人の輪を大切にしたい

神林 拓馬
株式会社壱福
代表取締役
総合企業
壱福社長インタビュー写真

profile

千葉県野田市出身。高校を卒業後、商品先物取引の会社に就職し、営業マンとして働く。勤めていた会社が上場廃止となり、身の振り方を考えていたところ、顧客だった古物商の社長からの誘いで、古物業で会社を興す。人とのご縁で、宝飾品、飲食、美容、社会福祉、児童福祉、EC、芸能、便利屋、保険など幅広く事業を展開。400名以上の従業員を抱える経営者。

創業までの軌跡と想い

順風満帆からまさかの失業。お客様からの一声で独立を決意

創業に至った経緯は、商品先物取引の営業マンをしていたときに、お客様だった古物商の社長が「この世界で独立しろ」と言ってくださったのが始まりでした。高校を卒業してから給料が高いという理由で、商品先物取引の営業マンとして働きました。入社してみると思った以上に大変で、給料が高い理由が分かりました。

最初は、資格の関係で個人のお客様にしかアポがとれませんでした。「いつ会えますか?」と聞くと、大体土日になります。しかし振替の休日なんてありませんでしたから、休日が取れなくて大変でした。

ただ成績は良くて、全国に支店が20箇所くらいあったのですが、半年くらい継続して1位をとったこともあります。もちろんインセンティブだったので、給料も同級生の何倍もの金額を頂いていたので、この仕事を選んでよかったと思います。しかし当時は浪費も激しく、給料は全部使ってしまっていました。

それから2年以上するとようやく資格がとれるようになります。法人営業ができるようになり、景色が変わりました。法人の社長さんとお話をすると、お金のこともすごく詳しいですし、仲良くなるといろいろ教えてくれる。その頃から散財するのをやめて貯金をするようになりました。それから平日にアポがとれるようになったので、土日が休めるようになり、順調に社会人生活を送っていたんですが、突然転機はやってきました。

ある事情で会社が上場廃止になってしまい、「先物取引の仕事はやめます」となったんです。当時会社では、金融業もやっていましたが、そこで続ける気はなかったので退職を決意しました。

今の仕事のもととなる会社を立ち上げたきっかけも、そのときのお客様なんです。会社を退職することになって挨拶周りをしていたとき、「ノウハウとかやりかたを教えてやるから、この世界で独立しろ」と言っていただいので「やります」と返事をして、独立を決めました。

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軌道に乗るまで

失敗は一度もない。経営者として前向きな、より良い未来のための決断

法人として前身の会社であるエコパートナーを始めたのは28歳のときです。最初は事務所もなくて、今の総務部長の家で古物の免許をとり、駐車場で朝礼をしたのが始まりでした。

当初の目標は売り上げが1,000万円でした。私が大事にしていることがあり、それは5年後、10年後の遠い未来の高い目標を掲げるよりも、もっと現実的なものを作るべきだといつも思っています。今はようやく売り上げが100億をこえて、社員も400人を超えたのですが、そのようなことは最初スタートしたときに絶対想像できないと思います。理想ばっかり語ってもしょうがない。見えた景色の延長で見える景色分くらいまでしかビジョンは描けないんじゃないかと思っています。

それから、言葉にするのは難しいですが、きれいに言うとみんなが同じ方向に向くような組織にすることは苦労しました。ただそこが一番大事だとも思っていたので、定期的に全部の事業の部長が集まって行う部長会議を開催して、ビジョンだったり、方向性を共有するようにしています。

今に至るまでにたくさんの決断をしてきましたが、失敗をした経験はないと思っています。大なり小なり失敗はあるんでしょうけど。例えば飲食店を閉店させるとき、これが失敗かどうかというのは、他人から見たら失敗なのかもしれませんが、私は経営者として、これも前向きなよりよい未来のための決断だという風にとらえようという考えです。もちろん、いろんな思いはありました。しかし、「もっとこうすればよかったな」とはあんまり思わないようにしています。思いすぎると、それが積もり積もって失敗だと思ってしまうから。だから失敗だとは思わないようにしています。

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事業の今、そして将来へのビジョン

人の輪を大切に、盤石な組織を築く

今の会社があるのは、やっぱり人の輪を大切にした結果だと思っています。弊社の理念でも「相互の信頼と責任」という言葉があり、その中心には人の繋がりがあります。私たちの会社はテクノロジーを駆使して人を削減していくような仕事ではないので、人の力が必要なんです。そのため、とにかく人の輪を大事にしています。

今後、事業を拡大していくにあたって、私の中の組織論があります。今でこそ社員が400名いますが、私が社員のプライベートや悩み、懐事情などを知れるのはせいぜい5人だと思っています。そのため、管理職にも身近な5人の関係を深くしてくれと社員には伝えています。

そうすると何かあったときの把握がしやすいし、伝えたいことが伝わりやすかったり、組織として盤石な体制が作れる。私の今のミッションとしては、今の事業部を広げること。現在、美容室が一店舗なんですが、2店舗目に向けてサポートをする。そのためにもチームを盤石にすることが必要だと思っています。

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職場環境へのこだわり

社内BPCを取り入れて、現場の声で職場環境の改善を図っている

私が、日本商工会議所に行ったときにBPC(ビジネスプランコンテスト)といって、応募者がビジネスプラン(事業計画)を作成し、最終的にどのビジネスプランがより優秀かを競うコンテストがありました。それをヒントに社内でもBPCを作りました。

私の経験から得た知識や仕入れてきた情報は、現場にマッチしているとは限りません。それよりも、社員が自分から「もっとこういう風にしたら働きやすい」という声を挙げてもらい、その声を取り入れるような仕組みを構築しています。ビジネスプランを提案して採用された社員には報奨金、もしくは休日を支給しています。

最近では、フレックス制度を導入しました。ママ世代の人たちは早く出勤して、早く退社したい。ですが、仕事の量は一定のため、始業時間が必ず一緒じゃないといけないというわけではない。フレックス制度を導入すれば、子供を送って、その足で出社したり、時間が生まれる。そうすると夕飯を作る時間ができたり、家族との時間も作れる。これはお互いに意見が合致するということで取り入れました。

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地域への貢献活動

雇用を増やし、雇用を守ることこそが一番の貢献

本質的に何が一番貢献できているのかなと思うと、雇用と納税だと思います。また柏レイソルを応援するために看板出させてもらっていますけど、もちろん応援はしていますが、会社のブランドイメージの向上にも繋がると思っています。

また、「柏レイソルA,A,TOR」というサッカーチームがあるのですが、そこに対してもより良い環境にしてあげたいという思いがあります。柏商工会議所青年部の先輩にも協力してもらい、キレイなトイレを作ったり、人工芝を導入しました。

実は私も「柏レイソルA,A,TOR」に所属していました。私自身、サッカーを通して人間形成してきたと思っています。部活とかクラブ活動って挫折とか努力とか社会性、協調性を学べるものです。せっかく生徒が約1200人もいるメガチームでもあるので、良い環境にしてあげたいです。

インタビュー後記

今回の神林社長とのインタビューを通して、一番感じたことは、リーダーとしての貫禄でした。400名を超える従業員のトップに立ち、指揮をとる人というのは、他の人には無いただならぬオーラをまとっていると感じました。圧倒的な信頼感があり、神林社長がなぜここまで事業を展開できたのか、分かる気がしました。これからの事業拡大にも期待できそうです。
株式会社壱福
2008年に前身の会社を興し、古物事業社として創業。人とのご縁で美容事業、EC事業、飲食事業、広告代理店事業、社会福祉事業、便利屋事業、海外事業部、芸能事業部、保険事業部、保育事業と事業を拡大し、総合企業へと成長。柏を拠点に、立川市、池袋、横浜市、浜松市、北千住、船橋市に営業所を構える。

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